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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)30号 判決

原告 井上美哉

被告 日清食品株式会社

主文

特許庁が昭和五二年一二月九日、同庁昭和四八年審判第九二三四号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙のとおり意匠に係る物品を「包装用容器」とする登録第三五九六三三号意匠(昭和四六年三月一九日出願、昭和四七年一二月一日登録、以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。

原告は、昭和四八年一二月二二日、被告を被請求人として、本件意匠につき登録無効の審判を請求したところ、特許庁昭和四八年審判第九二三四号事件として審理されたが、昭和五二年一二月九日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和五三年二月一五日原告に送達された。

(二)  審決理由の要旨

請求人は、本件意匠の登録を無効とする旨の審決を求め、その理由として、本件意匠は、周知の形状の容器の周側部に、意匠法上の意匠に該当しない文字を表わしたものであるから、意匠法第四八条の規定によつて無効とされるべきものであると主張した。

これに対して、被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決を求め、その理由として、本件意匠の周側部には文字以外の模様も表わされており、文字も単なる文字ではなく、登録要件を具備しているものであると主張した。

ところで、本件意匠の要旨は、全体形状を略逆円錐台形状(高さ7、上縁の直径6、下縁の直径4の比)とし、上面全体を開口部とした容器において、全体の地色を明調子として、周側部に中間調子および暗調子で模様を表わしたものであつて、これを具体的にみると、周側上縁部に断面形状を方形とした細い縁取りをリング状に形成し、そこから下縁より高さの約一〇分の一に当る部分までを逆円錐台形状とし、高さの約一〇分の一の下縁周側部を垂直とした形状よりなる容器において、周側の上縁寄部に細線条を中間調子で水平に表わし、その下方に小さい縦長長方形を破断線状に横一列に並列させた帯状を中間調子で上縁寄部の細線条と平行に表わし、さらにその帯条とわずかの間隔を置いた下方に、上方帯条の縦長長方形の横巾と同一横巾の小さい正方形を破断線状に横一列に並列させた帯状を中間調子で水平に表わし、細線条と二本の帯条を横縞状としており、つぎに傾斜面とした周側の下縁寄部に細線条を中間調子で水平に表わし、そのすぐ上方に上縁寄部の帯条と同様に小さい縦長長方形を破断線状に横一列に並列させた帯条を中間調子で細線条と平行に表わして横縞状としており、その上下の横縞状帯条に挾まれた正背面周側中央部に、CUPおよびNOODLEのローマ字を中間調子の線条で囲むかなり図案化した字体で左右に重ね合わさるように構成して二段に表わし、さらに右側面周側中央部に、暗調子の円形中央を明調子の波線が横切るように構成した図形を表わした態様のものであることが願書添付の図面代用写真および願書の記載によつて認められる。

そこで案ずるに、本件意匠の容器の形状と類似する形状の容器が、出願前より公知であるとしても、本件意匠は、その周側部に前記したように横縞状の帯状および文字などの図形が表わされており、しかも文字もその構成態様に創作があり模様と認められる範囲のものであるから、単に形状の類似する容器と類似しているものということはできない。

したがつて、本件意匠は、意匠法第三条第一項第三号に規定する意匠に該当せず、無効とすることができない。

(三)  審決を取り消すべき事由

審決は、次のような誤まりをおかし、その結果、本件意匠の登録を無効にすることができないとの結論を導き出しているから、取り消さるべきである。

1 原告は、審判手続において、本件意匠は意匠法上意匠の構成要素とはなりえない文字を構成要素としているから登録は無効である旨主張したにかかわらず、審決は右主張に対する判断を脱漏した。すなわち、原告は本件意匠が意匠法第三条第一項柱書にいう意匠、ひいては同法第二条第一項にいう意匠にあたるかどうかについての判断を求めたのであつて、本件意匠が公知意匠と類似しているかどうかについての判断を求めたわけではないのに、審決は、「本件登録意匠は、意匠法第三条第一項第三号に規定する意匠に該当せず、無効とすることができない。」として審判請求を成り立たないとしたのであるから、原告の右主張についての判断を脱漏したものとみるべきである。

2 かりに、本件意匠は意匠法第三条第一項柱書にいう意匠ひいては同法第二条第一項にいう意匠にあたるとの判断があつたとみられるとしても、模様化されず、模様として認識されない単なる文字は意匠法上の意匠の構成要素とはなりえないところ、本件意匠における「CUP NOODLE」は商品名を表わしており文字としての機能を失つていないから、本件意匠法第三条第一項柱書ひいては同法第二条第一項にいう意匠にあたるとはいえない。

二  被告の答弁と主張

(一)  請求の原因(一)および(二)の各事実は認める。

(二)  請求の原因(三)について

審判請求が成り立たないことは審決理由のとおりであり、審決に違法の点はない。

1 について

原告が、審判手続において、本件意匠は意匠法上意匠の構成要素とはなりえない文字を構成要素としているから登録は無効である旨主張したことは認めるが、審決がこの主張についての判断を脱漏したとの点は争う。

審決は、本件意匠は意匠法第三条第一項柱書にいう意匠にあたる旨の判断をしているのである。すなわち、審決理由中に「本件登録意匠はその周側部に……横縞状の帯状及び文字などの図形が表されておりしかも文字もその構成態様に創作があり模様と認められる範囲のものである……」とあることから明らかなように、審決は、本件意匠が意匠法第三条第一項柱書にいう意匠にあたる旨の判断をしているのである。そして原告が、本件容器の形状が周知のものでありその他に格別意匠を構成する要素もないと主張していたため、審決は、前記のように本件意匠における文字等を創作的模様と判断したうえ、本件意匠は単に周知意匠に類似するものではないとして意匠法第三条第一項三号に規定する意匠に該当しないとしたのである。

ちなみに、一般的に意匠法第三条第一項第三号の判断があるということは、当然に法第三条第一項柱書の要件を具備するという判断が前提となつていることは議論の余地がない。

2 について

「CUP NOODLE」が単なる文字ではなくて模様であることは審決理由の説示するとおりである。

理由

一  請求の原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。

(一)  まず、審決には判断の脱漏があるかどうかの点から考察する。

1  原告が審判手続において、本件意匠は意匠法上意匠の構成要素とはなりえない文字(「CUP NOODLE」)を構成要素としているから登録は無効である旨主張したことは当事者間に争いがない。

2  そこで検討するのに、たしかに審決には右主張についての判断を直接的、結論的に表現した部分はないけれども、審決理由中に「本件登録意匠は、その周側部に……横縞状の帯条及び文字などの図形が表わされており、しかも文字もその構成態様に創作があり模様と認められる範囲のものである……」と説示されているところをみると、審決は原告の前記主張を採用せず、CUP NOODLEの部分を模様と認めて、本件意匠は意匠法第三条第一項柱書にいう意匠、ひいては同法第二条第一項にいう意匠にあたると判断し、これを前提として議論を進めていることは明らかであるから、審決理由の説示の当不当の問題はとも角として、原告の主張に対する判断を脱漏したとはいえない。

(二)  そして、審決は右の判断を前提として、周知意匠との関係につき(原本の存在と成立に争いのない甲第三号証によれば、原告は、審判において、本件意匠は容器の形状が周知であり、その他格別意匠を構成する要素も見当らない旨の主張をもしていたことが認められる。)、本件意匠は意匠法第三条第一項第三号に該当する意匠とはいえない旨説示し、原告の無効審判請求を成り立たないとしたものと認められる。

(三)  そこで、審決の右(一)2及び(二)の判断の適否について検討する。

1  成立に争いのない甲二号証によれば、本件意匠(別紙参照)の要旨は審決認定のとおりであることが認められるところ、問題の部分は、CUPおよびNOODLEのローマ字を中間調子の線条で囲むかなり図案化した字体で左右に重ね合わさるように二段に構成して容器の正背面周側中央部に表わしたものである。

2  ところで、元来は文字であつても模様化が進み言語の伝達手段としての文字本来の機能を失なつているとみられるものは、模様としてその創作性を認める余地があることはいうまでもない。

しかし、本件意匠における前記部分についてみるに、CUPおよびNOODLEは、ローマ字を読むための普通の配列方法で配列されており、カツプ入りのヌードル(麺の一種)をあらわす商品名をあたかも商標のように表示して、これを看る者をしてそのように読み取らせるものであり、かつ読み取ることは十分可能とみられるから、いまだローマ字が模様に変化して文字本来の機能を失つているとはいえない。

したがつて、これを模様と認められる範囲のものとした審決の判断は誤まりといわざるをえない。

3  そうとすれば、この誤まつた判断を前提として本件意匠を意匠法第三条第一項柱書(ひいては第二条第一項)、第三号に該当しないとした審決の判断を正当として是認することができない(なお、前記争いのない事実からみて、原告の審判における主張の重点は、本件意匠にCUP NOODLEの文字が構成要素として含まれることが直ちに意匠全体の無効を来たすとの点にあつたと認められ、この主張に対する判断いかんにより、前記審決の誤まりは、意匠法第三条第一項第三号の問題を論ずるまでもなく、結論に影響を及ぼすわけである。)。

(四)  そうすると、審決は違法として取消しを免れない。

三  よつて、本訴請求を認容することとし、訴訟費用は行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇 小笠原昭夫 舟橋定之)

意匠公報

昭和四八―三五九六三三

出願 昭四六、三、一九

意願 昭四六―九一二五

登録 昭四七、一二、一

創作者 安藤百福

池田市満寿美町七の三四

意匠権者    日清食品株式会社

高槻市大畑町一三の一

代理人 弁理士 鎌田嘉之

意匠に係る物品 包装用容器

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